キヌ
チルパーク1日目のステージのトリを飾ったのは、キヌさん。
2021年のフェスに続いての出演であり、前回のパフォーマンスに対する観客の熱狂ぶりは本記事の前半でもふれたとおり。ちなみに、前回のパーティクルライブの様子は少し前に公開されており、観客の反応を含めてその熱狂の一端を垣間見ることができる。ありがたやありがたや……。
ただ、空間をまるごと使った表現であるパーティクルライブの魅力と衝撃は、やはりどうしても平面の映像だけでは伝えきれない。こればっかりは、実際に体験した実感としても「無理」だと断言できる。というのも今回、自分がまさにそうだったからだ。
1日目のラスト、時間に合わせてキヌさんのステージを見に行くも、ワールドに入ってすぐにVRChatがフリーズしてしまった自分。泣く泣く再起動することになったため、最初の約1分30秒を現地では見られなかったのです。絶望。
めちゃくちゃ楽しみにしていたので泣きそうになったものの、「もしもワールドに入れなかったら」の保険として、公式YouTubeのライブ配信をブラウザで開いておいたのが正解だった。VRChatを再起動しつつ、会場に戻るまでの展開は映像で追えていたので、再入場後も置いてけぼりにならずライブを楽しめたわけです。
で、この「映像で見た1日目の冒頭」と「現地で見た2日目の冒頭」を比べると、やはり「体験」としての質が段違いだったんですよね。というか、もうはっきり「別物」と言ってしまっても差し支えないように思う。それくらいにぜんぜん違った。
――ステージ上に出現する黒電話。鳴り響く着信ベル。受話器から聞こえる声。電話を押しつぶすようにしてステージへと挿入されるプラグ。電流によって波打つフロア。宙に浮かぶ帯電した受話器。ステージを離れ、ゆっくりとチルパークの中心へと向かう受話器越しに語られる、「日々変わる世界」の話。
そして、受話器が隆起した地面に飲み込まれた次の瞬間。空間を揺るがすほどに激しくスパークし、ステージが現れる。その壇上には、受話器を掲げる“野生のカイコ”の姿。「今年も最高の夜にしよう!」と宣言し、いよいよライブが始まる――。
1日目は現地で見られなかった「約1分30秒」の要素をざっくりまとめると、このような内容になる。映像で見るかぎりではそこまで大きな動きもなく、ライブ本編の前フリのように映るかもしれない。
ところが、いざ2日目に現地で見た際の印象は、映像から感じたものとはまったく異なっていた。
急に現れた黒電話を見て、周囲の観客と一緒にステージ前へと集まる。目の前で勢いよく落ちてきたプラグを見て驚く。波打つ足元を見て歓声を上げる。観客の頭上を移動する受話器を追いかける。そして、想像以上に激しいスパークの光と音に、思わず声を出して笑ってしまった。
何ならスパークの瞬間は、「笑いながら軽く涙ぐむ」という、情動がぶっ壊れたかのような反応をしていたくらいである。「笑いすぎて涙が出た」のではなく、「想像を超えるすごいものを見て、複数の感情がまとめて表に出てしまった」ような感覚。
すでに映像で1回見ていて「知っている」はずなのに、この短い時間でもこれだけ感情を動かされてしまう。VRでの体験が「映像では伝わらない」ことを、改めて自分の身で味わった体験となった。
そこから続く怒涛の展開も、「最高」の一言。2021年末に目の当たりにしたあのパフォーマンスから、1年待った甲斐のある、忘れられない体験となった。
ほぼ常にぽかーんと口を開きながら、歓声のような悲鳴のような短い声を時折漏らすことしかできない。個人的に好きなモチーフである踏切の登場でテンションが上がり、にょきにょきと生えてきたビル群と、それらの窓の明かりが作る夜景のような光景に見惚れ、激しく掻き鳴らされるギターの音の奔流に、なぜだか涙腺を刺激された。
そう、この前半パートは、前回にも増してパワーアップした空間演出は言わずもがな、音楽がとにもかくにもカッコいい。ピアノの音色に泣かされることは珍しくないのだけれど、まさか激しいギターサウンドに涙ぐむとは思わなんだ。
ステージ上に形成されつつあった光の繭が収縮しきると、周囲の空間が反転。文字で満たされたその場所は、親の顔より見た光景。1年前に膝から崩れ落ち、号泣した場所。
VTuberとしてのキヌさんの代名詞的な作品、『バーチャルYouTuberのいのち』が、始まった。
楽曲冒頭のキック音を聴いただけで条件反射的に鳥肌が立ち、「これを待ってたんだよォ!!」とテンションが最高潮に達する体になってしまった――というのは言い過ぎにしても、周囲の観客の反応もそれくらいアツい。
息を呑む音、「あっ!」と大声を出す人、急に笑い出す人、声にならない声を漏らしながら静かに崩れ落ちる人、「きたきたきた……!」と期待を隠しきれない人。
自分を含む聴衆が感情を隠しきれなくなるあの瞬間が、僕は大好きです。
『バーチャルYouTuberのいのち』が終わり、「いやー、今回も最高だった……!!」などとこの最高の体験を振り返ろうと思った刹那。ふと「最後の終わり方が前回と違ったような……?」と気づく。というかそれ以前に、何か警告音のような音が聞こえていなかった……?
すっかり終演後の感覚で感想を話し始めていた周囲の人たちも、しばらくして何かに気づいた様子。耳を澄ませば、どこからか聞こえてくるコールサイン。周囲を見渡せば、いつの間にか変容を始めているチルパークの外壁。そしてステージ上には、文字を取り込み拡大しつつある、謎の球体。
「え? まだあるの?」と誰かが口にした次の瞬間、分解しつつあった外壁が、次々に球体へと取り込まれていった。
ここから終演までの展開は、数日が経った今もまだ飲み込みきれていない部分がある。
今回のライブのタイトルとして掲げられていた言葉であり、セットリストを見るに楽曲のタイトルでもある『はじまりはおわり、』のパート。つまるところは、今回のパーティクルライブのメインテーマに相当するだろう部分が、ここだ。
まず印象に残ったのが、外壁を取り込んだ球体から展開する「拡世/隔世/覚醒/拡声」の演出。ビジュアル面でもそうだし、それ以上に音とのシンクロ具合が気持ちよかった。巨大メガホンから発射される極太レーザーはカッコよくないはずがない。
「はじまりのときはおわり、
それでもわたしたちは続いていく。
続いていきたいから、
今ここがどんな場所なのか、
もう一度わたしたちが定義しよう」
『バーチャルYouTuberのいのち』は終わっていなかった。リフレインする歌詞に続けて、作中では語られていなかった新たな言の葉が、姿を変えた“野生のカイコ”によって紡がれる。
それは、独白か、宣言か、エールか。
はたまた、宛先不明のメッセージか。
翼のように身に纏っていた外壁が、言葉を重ねるたびに、少しずつ元の場所へと再構築されていく。それはあたかも、「もう一度、定義する」ことを聴く人にも促すように。
改めて全体を通して振り返ってみると、最後のシーンで語られていた言葉は、冒頭で受話器越しに話されていたもののほぼ繰り返しであることがわかる。
しかし、最初は受話器から聞こえてきた「お知らせ」は、最後には「あなた」に向けられたメッセージになっていた。受話器もメガホンも通さず、「あなた」に向けて発せられていた。
では、この「あなた」とは、そして「わたしたち」とは、誰を指して呼びかけていたのだろう。
間違いなく言えるのは、あの会場にはたくさんの「あなた」がいたこと。あの時あの場所で何かを受け取った人たちが、今まさに手を動かし始めているだろうこと。言葉を、感情を、音楽を、作品を紡ぐために。そう思うと、なんだか勇気が湧いてくる。
2023年1月に紡がれた最高の「おわり」を経て、その先へ。
末尾に打たれた読点は、続いていく世界の道標だ。
- コーリング
- 紲 by thecityofbugs
- バーチャルYouTuberのいのち(stand-alone)(YouTube)
- はじまりはおわり、feat. kinu by yoxtellar
【イベント概要】SANRIO Virtual Festival 2023 in Sanrio Puroland
- 開催機関:2023/1/13(金)~1/22(日)
- 音楽ライブ:1/21(土)、1/22(日)
- タイムシフト公演:1/29(日)、1/30(月)
- 会場:バーチャルサンリオピューロランド(VRChat / SPWN)
- 主催:株式会社サンリオ・株式会社サンリオエンターテイメント
- 企画制作:異次元TOKYO、株式会社Gugenka、株式会社メロディフェア、 VRChat Inc.
- 制作協力:株式会社Too、 exsa株式会社、株式会社スタジオ タンタ、北海道地図株式会社
- スポンサー:株式会社NTTコノキュー、GRAVITY、Simeji、株式会社BANDAI SPIRITS、株式会社バンダイ、富国生命保険相互会社、株式会社みずほフィナンシャルグループ、REALITY株式会社
- 公式サイト:https://v-Fes.sanrio.co.jp
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