メディアで取り上げられる機会こそ減ったものの、今なお幅広い分野で活用されているメタバース。
コロナ禍以降、多くの企業がメタバースに参入してきましたが、その内容は業種によってさまざまです。事例も多岐にわたりますが、その中でも早い段階から話題になり、現在も注目を集めているのが、教育分野での取り組みです。
中止になった学園祭をメタバースで開催したり、オープンキャンパスをオンライン開催するために大学を仮想空間上に再現したり。生徒や教師の主導で実現した試みもあり、近年は不登校支援の現場でも導入が進むなど、一口に「教育」と言っても幅広い活用方法があります。
本記事では、そんな教育分野のメタバース活用事例をまとめました。
教育分野のメタバース活用事例にはどのようなものがある?
学園祭やオープンキャンパスのオンライン開催のほか、「情報」や「歴史」の授業でメタバース空間を活用している例もある。また、模試をオンライン受験できるサービスや、不登校支援の現場でも活用が広がっている。
教育現場で使われているメタバースプラットフォームは何?
clusterやVRChatが事例としては多いが、それ以外のサービスや独自のプラットフォームを使っているケースもある。教育利用を推し進めているclusterは学校での導入事例も多く、教育者向けの資料なども公式で配布されている。
教育現場にメタバースを導入するメリットは?
地理的・時間的な制約を緩和することのできるメタバースは、学習機会の拡大につながる。何か事情があり、学校に通えなかった生徒が学習の機会を得られるだけでなく、オンラインでアクセスできるバーチャル空間なら、世界中の人と交流することも可能。

オンライン学園祭/「歴史」「物理」の授業(青翔開智中学校・高等学校)
いち早く教育現場でのメタバース活用を試みたのが、青翔開智中学校・高等学校です。
同校ではまず、2020年のコロナ禍にclusterを活用したオンライン学園祭を実現。生徒自らUnity1を使ってワールドを制作し、各クラスの出し物もcluster上で公開しました。
その後、文化祭での取り組みの担当教員を務めた社会科の池田先生が、自身の授業にもclusterを導入。歴史の授業では関ヶ原を、地理の授業ではマンハッタンを再現したゲームワールドをそれぞれ作成し、授業で活用しているそうです。メタバース空間を生徒たちに歩いてもらうことで、歴史を自分ごととして感じてもらう。教科書や映像資料では伝えるのが難しい、3次元空間ならではの「体験」を通した学びを提供しています。
さらに同校は、物理の授業でもclusterを活用。池田先生の協力のもと、モンキーハンティングの実験用ワールドを作成し、授業に取り入れています。この実験の様子は同校のYouTubeチャンネルで公開されているので、気になる方はぜひご覧ください。
「情報Ⅰ」の授業(青山学院高等部)
青山学院高等部は、2022年に必修科目となった「情報Ⅰ」の授業でclusterを活用しています。
clusterを採用した理由は、同校の青学つくまなラボ2での活用実績がすでにあり、また他校での事例も豊富だったから3。授業では生徒自らアバターを設定して仮想空間に入るだけでなく、ワールドクラフト機能を使ったワールド作成も行われています。
担当教員へのインタビューによれば、clusterの魅力は、仮想空間内で注意すべきポイントを実体験ベースで学べること。また、プログラミングや情報セキュリティといった他の学習内容と紐づけることもでき、1年間の総まとめに使える点も、clusterを授業に取り入れるメリットだと指摘しています。
バーチャルライブ入学式(N高等学校・S高等学校)
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学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校およびS高等学校は、2021年の入学式をメタバース空間で執り行いました。
この時使われたのは、clusterとバーチャルキャスト。生徒全員がメタバース会場に入っていたわけではないようですが、ニコニコ生放送とYouTubeのライブ配信を通じて式に“参加”できました。
YouTubeでは入学式の360度映像も同時配信されていたため、VRヘッドセットを使えば、実際にその場にいる体験もできたそう。式の司会進行はVTuber・茨ひよりさんが務め、学校長式辞・新入生挨拶・校歌斉唱といったプログラムのほか、バーチャルならではのバスツアーも行われました。
入学式の模様は現在もYouTube上で公開されています。
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学園祭展示(電気通信大学)

電気通信大学の学園祭「調布祭」でも、たびたびメタバースが活用されています。
直近の2024年に開催された第74回調布祭では、情報工学工房の学生の成果を展示。また、2020年の第70回調布祭では、コロナ禍で開催が困難だった学園祭を「バーチャル調布祭」として行い、clusterの特設ワールドでサークル展示をした実績があります。




バーチャル東大(東京大学)

「バーチャル東大」は、東京大学のインカレVRサークル「UT-virtual」の有志メンバーによって制作された、東京大学のバーチャルワールド。
東京大学本郷キャンパスを仮想空間に再現しており、「赤門」「正門」「図書館」「安田講堂」「安田講堂内部」「工学部前広場」の6つのワールドで構成されています。2020年9月開催の「高校生のための東京大学オープンキャンパス2020」でcluster版が公開されました。
この取り組みはメディアでも話題になり、東京大学総長賞の大賞を受賞。2021年5月にはWebブラウザ版も公開され、現在もclusterとWebブラウザの両プラットフォームからアクセスできます。




メタバース工学部(東京大学)
東京大学大学院工学系研究科が2022年9月に開設した「メタバース工学部」。
正式な学部ではありませんが、メタバースをはじめとするデジタル技術を活用し、年齢やジェンダー、立場などに関係なく誰もが最新の工学や情報を学べるオンラインプログラムです。
メタバース工学部では、主に中高生・保護者・教師を対象とした「ジュニア工学教育プログラム」と、社会人や学生を対象とした「リスキリング工学教育プログラム」を提供。受講者のニーズやレベルに合わせた多様なコースを選択でき、科目ごとに修了証が発行されます。
メタバースに限らず種々様々なコースが用意されていますが、2023年にはclusterを使った講座・体験ワークショップを開催。クラスター株式会社の加藤直人CEOらが講師として登壇し、技術的な話も交えつつメタバースについての講義が行われました。
メタバース進研模試(ベネッセコーポレーション)

株式会社ベネッセコーポレーションの進研模試をメタバース空間で受験できるサービス。
その名の通り、オンライン版の「進研模試」。個人でも申し込むことができ、紙の模試と同じ内容の試験を、好きなタイミングで、どこからでも受験することができます。
プラットフォームとしてはclusterを採用しており、「Youmetas(ユメタス)」という利用者専用のメタバース空間を用意。アバターの姿で受験できるだけでなく、マイルームやコミュニティルームなども存在し、今後はイベント開催も計画しているそうです。




メタバースとよた(愛知県豊田市)

愛知県豊田市が2024年12月に運用をスタートした、市民参加型メタバース空間「メタバースとよた」。
公式の説明によれば、「市民や企業、行政、団体が、コミュニティ形成や情報交換、実証実験を目的としたイベント等を主体的に行える仮想空間」として作られたメタバースであり、目的別に4つのエリアで構成されています。
そのうちの1つが「まなびの森」。アバターカウンセリングサービスを提供する株式会社MentaRestと連携し、小中学生を対象とした課外活動や不登校児童生徒の居場所として活用されています。よりアクセスのしやすいメタバースとするべく、clusterアプリだけでなくブラウザ版が実装されているのもポイントです。




ぶいきゃん

「ぶいきゃん」は、不登校学生を対象とした、メタバースを用いた居場所支援プログラム。⼀般社団法⼈プレプラが提供するプログラムであり、2022年には広島で、2023年には京都や全国を対象として実施されました。
参加者はVRヘッドセットを装着し、メタバースで行われるさまざまな体験に参加。仮想空間を探索したり、VRで活躍するクリエイターから話を聞いたりすることで、自身の興味関心や可能性を再発見するための機会を提供しています。期間は約1ヶ月。過去の実施時には、前後半で多様な体験と学びを得られる全8回のプログラムとして開催されました。
京都府のホームページでは「ぶいきゃん京都」の様子が事細かく記録されており、回を重ねるなかで、参加した中学生にも心境や行動の変化が現れていることがわかります。




教育現場ではメタバースの導入・活用が進んでいる
以前と比べればメディアで取り上げられる機会も減ったことから、「ぶっちゃけ、メタバースってどうなの?」と、懐疑的な目で見ている人もいるかもしれません。
実際、コロナ禍に企業が作ったメタバースは単発の施策で終わってしまったものも少なくなく、継続的に運用されている事例は全体の一部に過ぎません。そのような状況を見て「メタバースはオワコン」だと言う人もいますが、一定の成果をあげている施策も当然あります。
今回取り上げた「教育」の分野は、その点において成果をあげている取り組みも多く、今なお注目を集めている領域だと言えるでしょう。
中でも存在感を発揮しているのが、clusterです。2020年という早い段階で教育利用の無償化を発表し、教育者向けの資料として「Educator’s Guide」も配布中。clusterを運営するクラスター社も教育現場での活用を推し進めるべく継続して情報発信をしていますし、ユーザー目線でも「スマホでアクセスできる」というアクセスのしやすさは大きな魅力です。
また、学校教育の現場では事例が少ないものの、「学びの場」という意味では、VRChatが持つ可能性も無視できません。多種多様な「学び」を得られるユーザーコミュニティが活発で、アカデミックな集まりも多数。大学での研究やサークル活動で使われている例も見聞きしますし、知的好奇心を刺激されるユーザーメイドのワールドも数多く存在しています。
いずれにせよ、地理的・時間的な制約を大きく緩和するメタバースが、教育現場のいくつかの課題を解決するポテンシャルを秘めていることは間違いありません。本記事の事例で言えば、自分のペースで高校卒業資格を取得できるN高や、個人で自由に受験できるメタバース進研模試、不登校支援にまつわる取り組みが挙げられます。
これまではいろいろな事情で学校に通えなかった、通いにくかった人も、この世界でなら、等しく学習の機会を得られる。メタバースと言えば「バーチャル空間ならではの“体験”を伴った学習ができる!」というメリットがまず思い浮かびますが、幅広い意味での「学習機会の拡大」もまた、教育分野におけるメタバース活用の価値だと言えるのではないでしょうか。
教育現場でのメタバース活用はすでに広がっており、本記事で取り上げた事例は一部に過ぎません。大々的に発信していないだけで、授業に取り入れている学校も多いはず。今後もさまざまな取り組みが登場する分野であることは間違いないので、当サイトでも引き続き注視していければと思います。また、他の分野の活用事例についても知りたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。

- ゲームエンジン。家庭用ゲーム機を含むさまざまなゲーム開発のほか、メタバース空間の制作などでも使われている。 ↩︎
- 青学つくまなラボ(Aoyama Creative Learning Lab):青山学院の児童・生徒・学生・教職員であれば誰でも自由に利用できる、クリエイティブな学びの場。青山学院大学革新技術と社会共創研究所が2023年に設置。【公式サイト】 ↩︎
- 【広報よりお知らせ】メタバースの教育現場での活用事例をご紹介!-「青山学院高等部編」 ↩︎