2022年3月に技術評論社から発売された、『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』。
Facebook社が「Meta社」に社名を変更して以来、バズワードとして世間を賑わせている「メタバース」。いまだ定義や評価が定まらないこの単語を、長年にわたってその世界で過ごしている原住民の目線で紐解いていく1冊です。
本記事では、そんな『メタバース進化論』についてざっくりと紹介。購入を悩んでいる人向けに、本の内容と見どころを簡単にまとめていきます。
『メタバース進化論』はどんな本?
『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』の著者は、バーチャル美少女ねむさん。
彼女は、バーチャルYouTuberがブームになる以前から美少女アイドルとして活動していた、(自称)世界最古の個人VTuber。また、ソーシャルVRサービスが「メタバース」として取り上げられる前から仮想空間に親しんでおり、イベントを主催するなどの実績も豊富なことから、最近は「メタバースエバンジェリスト」としてもたびたびメディアに出演されています。
具体的には、NHKの番組や朝日新聞・日経新聞などの紙面に「バーチャル美少女ねむ」として登場。VTuberのバ美肉文化や、メタバースのコミュニケーション方法など、世間的にまだまだ認知されていないカルチャーを精力的に発信されています。少なからずVTuberに興味がある人であれば、彼女の名前や姿に見覚えがあるのではないでしょうか。
『メタバース進化論』は、そんなねむちゃんによる「メタバース」の解説書。
著名な大学教授やIT企業の社長による著作ではなく、あくまでも1人の「ユーザー」の立場で書かれた本。特別な肩書きを持つ専門家ではないものの、他の誰よりもメタバースに親しんできた「原住民」の1人である美少女の目線から、メタバース世界の現在と展望を紐解いていく――そんな1冊です。
大規模調査の結果を下地に描き出す、「メタバース」の現状と展望
ではここからは、全7章(+コラム)で構成される本書の内容を簡単に見ていきましょう。
- メタバースとは何か
- ソーシャルVRの世界
- メタバースを支える技術
- アイデンティティのコスプレ
- コミュニケーションのコスプレ
- 経済のコスプレ
- 身体からの解放
第1章では、まず「メタバース」の定義を確認。
この言葉の由来となった小説『スノウ・クラッシュ』や関連するモチーフを持つ作品、そして「セカンドライフ」の存在についても軽くふれつつ、その世界の実現に必要な7つの要件を提示。
また、逆に「メタバースではないもの」を示すことでそのイメージを明確にしたうえで、メタバースの普及によって起こる変革を3つの視点から説明しています。
メタバースとは、単なるゲームではなく、現実を代替するような(あるいは超えるような)充実感のある体験ができ、稼いで生きていくことができる仮想空間、「そこで人生が送れる人類の新たな生活空間」であると考えられます。
バーチャル美少女ねむ著『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』P.32より
続く第2章では、2022年現在すでに実現している「必要最小限のメタバース」として、4つのソーシャルVRサービスを紹介。
2021年に世界中のユーザーを対象に実施した「ソーシャルVR国勢調査」の結果をもとに、各サービスにどのような特徴があるのか、分析と考察を加えています。4つのソーシャルVRの比較表がTwitterでも話題になっていましたが、それぞれの特徴を一言で表した見出しも秀逸に感じられました。
- VRChat:ソーシャルVRの概念を確立した存在
- Neos VR:メタバースを体現するソーシャルVR
- cluster:メタバース時代のイベントホール
- バーチャルキャスト:仮想空間の超高性能撮影スタジオ
第3章では、メタバースを支える数々の技術の中から、特に重要な「VRゴーグル」「トラッキング技術」「アバター技術」の3つを紹介。
VRユーザーにとってはどれも当たり前の技術ですが、詳しくない人は要チェック。VR/メタバースを理解するための前提知識を、難解な言葉は使わず簡潔に説明してくれています。他方ではアバターを取り巻く問題や今後の課題についても問題提起されており、考えさせられる部分もありました。
Metaは果たして「なりたい自分になれる権利」を保障するのか? しないのか? はじまったばかりのメタバースの世界は今大きな分岐点に立たされています。
同書 P.145より
後半は「メタバース」をさらに掘り下げて考えるべく、現状のみならず未来の可能性にまで踏み込んで解説。先のソーシャルVR国勢調査のデータによって原住民の生態を明らかにしつつ、メタバースがもたらす「3つの革命」を論じていきます。
第4章で取り上げるのは、第一の革命「アイデンティティのコスプレ」について。
現実社会における「アイデンティティ」は、基本的に生まれや環境によって与えられるもの。しかしメタバースでは自ら「名前」「アバター」「声」の3つを選択し、アイデンティティを自由にデザインできると指摘。「なりたい自分」になれるメタバースにおけるアイデンティティについて、分人主義などの考え方も取り上げながら説明しています。
第二の革命は、「コミュニケーションのコスプレ」。
画面越しに文字情報や音声を介して行う従来のネットコミュニケーションとは異なり、現実さながらの「空間」で身振り手振りも伝わるメタバース。実際に体験してみないことには伝わりにくい、メタバースならではの距離感やスキンシップについて説明しつつ、さらに踏み込んで「恋愛」や「性」についても言及しています。
従来のテキストチャットや通話などのオンラインコミュニケーションと比べて、メタバースにおけるコミュニケーションが極めて優れているのは、この情報量の多くを占める非言語コミュニケーションを行うことができるからなのです。
同書 P.200より
メタバースがもたらす第三の革命は、「経済のコスプレ」。
ミクロとマクロの両面で変革をもたらしうる、メタバース経済圏。「個人」から「分人」へ、「空間」から「超空間」へと、いかにしてメタバースが経済活動の可能性を広げるのかを説明。すでに実現している例も紹介しつつ、今後どういった職業が生まれるかの考察も加えています。
より具体的には「人と都市とのコミュニケーション」など、現実世界の社会問題にもつなげて考えられそうな話題も。ビジネス面でメタバースが気になっている人ほど、興味深く読める章となっています。
最終章では、メタバースと私たちの「身体」の関係性について言及。
原住民たちが感じているメタバース特有の感覚――「ファントムセンス」の原理を説明しつつ、その実態を調査した結果を提示。そのうえで、長い目で見れば「メタバースが人類を肉体から解放するのではないか」という未来の可能性についても言及し、この「進化論」の総括としています。
どんな人におすすめ?
このように、一口に「メタバース」と言ってもさまざまな切り口から紐解いている、『メタバース進化論』。
320ページと聞くとなかなかにボリュームがあるように感じますが、その内容は決して難解なものではありません。普段はあまり本を読まない人でもサクサク読み進められるでしょうし、少しでもメタバースに興味がある人であれば、きっと楽しみながら一気に読めるのではないでしょうか。
そういう意味では「どんな人にでもおすすめできる本」だと言えますが、特に「SNSで話題になっているメタバース=ソーシャルVRに興味がある人に読んでほしい本」であるようにも感じました。
なぜなら、本書は実際にメタバースで過ごしてきた「ユーザー」としての目線を、全体を通して強く感じられる内容になっているからです。新しい概念を理解するためには有識者による解説も必要ですが、概念ではなく「世界」として語られるメタバースを知るには、地に足の付いた原住民の言葉のほうが伝わりやすい。そう思います。
あとはやはり、当サイトをご覧になってくださっているVTuberさんや、VTuberが好きな人にもおすすめですね。
メタバースとVTuberの親和性が高いのは言うまでもありませんし、この世界が普及した際に活躍できるのは、ずっとその姿で活動しているVTuberたちです。VR/メタバースに進出する予定がないとしても、本書を読んで理解を深めておけば、今後の変化にも対応しやすくなるのではないでしょうか。
ビジネス分野の専門家ではなく、サービスを提供する企業の人間でもない、その世界の「原住民」による解説書。そういう意味では、出版社から出ているメタバース関連本のなかでは他に(ほぼ)類を見ない1冊だと言えるのではないでしょうか。少しでも気になった方は、ぜひ手に取って読んでみてください。